関岡英之 『拒否できない日本』の感想

この本は知人に薦められて読みました。せっかくだから感想も書いて送りました。しかし、内容は相当批判的なものです。アマゾンの書評などを見ると絶賛する意見ばかり。こんなトンデモ本にはだまされてはいかんよ、という気持ちで多少手を加えてここで公開することにしました。何か反論なりご意見なり、ぜひメールでお寄せください。間違った指摘で人の著作をけなすことになってしまうのは本意ではないので、訂正、書きなおし、撤回などすることになるかも。まあ例によって動きは鈍いと思いますが。
いちいち長々と引用はせず、ページ数や行数で書いているため、この本を持っていない人には意味がわからないかもしれませんがご容赦下さい。

冒頭のエピソードは面白かったです。建築家の国際資格制度の話。しかし論旨の説得力の無さがどうも気になりました。P30〜P31では日本の建築界はグルーバルスタンダードに対する関心が薄い、としています。
一方でP29では『事の重大性には気付いてはいたものの、なすすべがなかった、というのが正確なところかもしれない』という記述があります。
いずれも著者の仮説に過ぎず、根拠となる事実の提示はありません。一つ一つ、本当かなあと疑問に思いながら読み進めることになります。

いずれにせよ日本は蚊帳の外におかれているあいだにアメリカと中国でグローバルスタンダードを決めてしまった。
それは本当なんでしょう。しかし、アメリカが日本を意識して、対抗しようといろいろ手を打っているかのように書いているけれども（例えばp28)本当にそうでしょうか。数年前にジャパンバッシングならぬジャパンパッシングなる言葉をよく見かけました。国際経済における存在感の低下により、日本が無視されるようになってきたということです。アメリカにとっては日本はライバル視されるほどの存在ではなく、単に無視されていたに過ぎないのではないでしょうか。アメリカ建築業界が中国に進出するにあたって、アメリカの資格制度でも大丈夫なように中国国内の資格制度を調整してちょうだい、と交渉した。アメリカとしては当然の事です。その際に、日本が何も言ってないし、関わってもいないのに、日本の資格制度でも大丈夫なようにして欲しいなんてことを交渉するわけがありません。確かに、著者の考えるように、アメリカの建築家はOKだけども日本の建築家はダメというところを狙って落としどころをつけた、ということも可能性がないわけではありません。しかしアメリカより日本の方が資格制限が緩いわけで、少なくともアメリカは大丈夫なようにしてちょうだいと交渉すれば、それより緩い日本が結果的にはずれることになっても、必ずしも不自然なことではありません。

『アメリカがわざわざ日本を意識して落とし入れようとしている』という風に考えるのは自意識過剰の被害妄想なのではないでしょうか？そもそも（著者によれば）海外市場進出に関心が薄い（かもしれない）日本の建築界がアメリカのそれにとって脅威になるわけがないのですから。



関岡氏がアメリカを批判する時に使うのは内政干渉はけしからんという論点が中心です。

p64 『しかし日本の消費者の利益にもなるなどという理屈で、そもそも外国政府からの内政干渉を正当化できようか。独立国として本来絶対に受け入れられない選択である。』



かつての帝国主義の時代にはいざ知らず、最近、内政干渉だと言って他国を批判する例としてどんなものがあったでしょうか。思い出されるのはチベット問題に口をだされて憤慨する中国であるとか、国内での人権侵害を批判されて言い訳するミャンマーの軍事政権とか。あんまり感心しない例しか思いつきません｡チベットの人権問題について中国が『外国政府からの内政干渉など独立国として本来絶対に受け入れられない。』なんぞと言ったら失笑を買うだけ、ですよね。いや、眉をひそめられる、かな。


経済にしても軍事にしても政治にしても関係の深い国への配慮なしに自国の政策を決めていくことは現代国際社会においては非常識なこととなっているように思います。為替にせよ金利水準にせよ、あるいは景気の状況といった直接国家が操作することが難しい事項でさえ他国が口をだすことはそれほど珍しいことではありません。内政干渉だ、という一言で何か他国の不当性を説明できるような時代は既に過ぎ去っていると私は思います｡

ですから関岡氏がこの一点でアメリカを批判する論理には違和感を感じます。内政干渉だからいけない、というだけでは説得力不足です。アメリカにばかり有利で日本には不利なことをなにか不当な圧力のもとに実現しているというのでなければ説得力が足りないと思います｡不当な圧力というのは、例えば、軍事力を背景に威嚇するとか、石油を輸出しないぞ、というような戦略物資を使った経済的圧力とか、あるいは賄賂を使ったりとかそのようなことですね。ただ粘り強い通商交渉をしてくるというだけでは不当な圧力とは言えないでしょう。


ちなみに、内政干渉という言葉をネット上で一番良く見るのは日中関係、日韓関係のなかで教科書問題とかいわゆる歴史認識問題のなかでなのですが、これに触れると本題に戻ってこられなくなっちゃうのでここでは触れませんでした。


アメリカは対日貿易赤字を抱えています。アメリカが日本の商品・サービスを買うほうが逆より多いんです。アメリカも自国の経済が大切ですから放置しているわけにはいきません。当然売りこみをしてきます。アメリカが、『もっとアメリカの製品・サービスを買ってください、そのために障害になっている規制などは緩和撤廃してください』と言うのは当然のことなんです。それに対して日本は、『しょうがねえなあ、ちょっと無理なことでもまあ聞いてやるか』ってところでしょう。基本的には貿易については日本が勝者でアメリカが敗者なんですから。その一部を切り取ってみて、対米貿易黒字の大きいことは無視して、アメリカが要望してきてそれを一方的に日本が受け入れているように見えるという部分だけを見て不公平だっていうのはおかしいと思いませんか？
貿易収支が黒字ってことは現状は日本がアメリカを『食い物にしている』ってことですよ。言葉は悪いけど。普通の言葉で言えば商取引によって適正な利益を得ているってことですが。
実際には日本がアメリカを食い物にしているのに対してアメリカが抵抗しようとしてるわけです。


ですから内政干渉はけしからん、ということしか言っていないこの本の内容には違和感を持ちながら読み進めていきました｡ところが、後書きを読んでびっくりしたというかあきれてしまいました。ｐ223の後ろから２行目〜P224の２行目を読んでください｡
『アメリカ政府はあたりまえのことをしているに過ぎないのだ』ですよ。『それ以上に問題なのは、もしわたしたち日本人にはアメリカの要求に従う以外に選択肢がないならば、なぜそのような構造になっているのか、という点である。』
それじゃああれだけP221『浅ましきアメリカ人』とかP63『ぶしつけであつかましい』P78『エゴ剥き出しの身勝手な注文』P119『ダメもとで一応吹っかけてみるずうずうしさ』とか散々罵ってきたのは一体なんだったのでしょうか？一冊の本を通じて一貫してアメリカはけしからん、内政干渉はけしからんと言っておきながら後書きではアメリカは悪くなくて日本の対応が悪いのだという話になっている。こんなのありですか？
恐らく筆者もアメリカ批判に無理があることはわかっていたのだと思います。しかしそれでは本が成り立たないから、おかしい主張であることはわかっていながら本編ではアメリカ批判をし、後書きで言い訳をしているということではないでしょうか。そしてタイトルも、ですね。本文は不当な要求をするアメリカへの批判でありながらタイトルは『拒否できない日本』と日本の方に焦点をあてている。
本文ではそんなそぶりを見せずに後書きで日本の対応に問題があると突然言い出し、その内容についての詳細な検討は全くない。

もう少し細かく見ていきましょうか。
筆者の最初の疑問。最初の主要な論点です。P43『あたらしい性能基準は「国民の生命、健康、財産の保護のため必要最低限のものとする必要がある」と書かれているのだ。これは「最大限」の間違いではないかと私は目を疑った。』
この文章納得できますか？
規制ってのは最低限のものであたりまえじゃないですか？例えば耐震性については現在の建築基準法では数百年に一度の地震（震度７程度）で崩壊しないことを最低の基準にしているそうです。

http://www.ads-network.co.jp/seinou/se-5/se-5-02.htm

つまり最低限は決めておいて、それ以上に強い建物をつくってね、ということです。『必要以上に耐震性の高い建物でなきゃダメ』という規制であってはならないってことですね。必要最低限はクリアしなきゃいけないけれどもどの程度まで耐震性を高めるのかは施主の判断にまかされているわけです。もちろん施主が、｢コストがかかってもいいから数千年に一度の地震にも耐えられる建物がいい｣といえばそういうのを建ててもいいし,｢震度７に耐えられるんであればそれで十分だから安い方がいいや｣と思えばその程度の建物を建てればよい。

しかも、任意の品確法を使えば、ですが、耐震性の程度が等級によって明示されている。外国の業者が最低の基準で参入しようとしても、耐震等級が低くては競争力がないはず｡いや、耐震等級が低くてもコストは安いですよというようなアプローチは可能でしょうけども、コストが安いかわりに耐震等級も低いということが明示されていて、施主が納得しているのなら何も問題はないでしょう。



筆者は「最大限」の間違いではないかと書いています｡しかし、最大限では日本語として意味が通じないじゃないですか。「新しい性能基準は国民の生命、健康、財産の保護のため最大限のものとする必要がある」ってどういう意味？耐震性なんて強くしようと思えばきりがないでしょう。どこまで強くすれば規制をクリアできるのか、この文章ではさっぱりわかりませんよね？規制の表現としては必要最低限という言葉でなければおかしいでしょう？

もちろん業者が施主に対して『最大限耐震性は確保しますよ』とセールストークすることはあるでしょう。それにしたって予算の範囲内で、という制限は当然暗黙の了解でついているはずです。

耐震性についての規制であるからには、『最低これ以上は強くしておかなきゃいけませんよ』という表現になるはず。『最大限』では意味が通じません｡問題は何を必要最低限とするのか、ということです。必要最低限の耐震性のレベルがアメリカの圧力によって必要以上に下げられた事実があるのか、ということです。そのような事実があるかどうか、この本では明確に触れられてはいません。

P44　「どうして建築基準の見直しの話に世界貿易機関が関係してくるのか」とまるで不当なことであるかのような表現で世界貿易機関の介入を批判しています。
何故かと言うと規制が、正当な目的のために必要最低限なものではなく、外国製品締め出しのために必要以上に厳しくなっている例が多いからだと思います。この点を筆者は全く理解していないか、意図的に無視していると思います。P46に仕様規定、性能規定の話が出てきますが日本の建築の仕様規定などもその例としてあげられます｡つまり以前は、耐震性などの性能が十分であったとしても外国の工法や新しい工法は認められなかった。日本式の伝統工法で建てなければ建築が認められなかったわけです。だから、性能を満たせば工法は特定のものでなくてもいいじゃないかということで「仕様規定」から「性能規定」へと変えたわけですよね。つまりかつての日本の建築の基準は、建物の性能を保証するという本来の建築基準法の目的を超えて、特定の工法以外を排除するという目的のために不必要に厳しかったわけです。
「仕様規定」から「性能規定」へと変えると何が変わるのか。わかりやすい例が新聞に掲載されていたので紹介します｡

日経産業新聞2005/11/14
ステンレス線　大手　日本精線の新素材・ステンレス繊維『ナスロン』用途増え脚光
鉄製防火シャッターの代わりに使う『耐火スクリーン』という布製の防火シャッターに使う例も出てきた。背景にあるのは98年と2001年の二度にわたる建築基準法の改正。国土交通省の耐火試験を通過すれば、防火シャッターは鉄製である必要はなくなった。

従来の仕様規定では、性能がよくても新素材や新技術を認めずに伝統的な技法のみを保護していたわけです｡この例からもわかるように、決してアメリカの会社が商売しやすくなるということだけのために法改正が行われたわけではありません。


P46では筆者は「仕様規定」から「性能規定」へと変えるということが日本の建物の耐震性を弱めることであるかのような説明をしています。この辺には論理の飛躍が見られます｡「仕様規定」から「性能規定」へと変えることは海外の基準や国際規格にあわせるということを意識したものではあるだろうとは思いますが、それと耐震性について必要最低限のレベルを低くすることとはかならずしも関係がないはず。実際に日本の耐震基準が従来よりも緩和されたのかといえばそのようには書いてないし具体例もあげられていない。
http://www.ads-network.co.jp/seinou/se-5/se-5-04.htm
実際には規制は強化の方向らしいですよ？
規制がどのように緩和されたというのか、具体例もあげる事ができないのにP46『日本の基準を海外に合わせるということは、日本の基準を「必要最低限」まで緩和する、というに等しいのである』なんて言い切ってますが、どうみても説得力がないと思いませんか？耐震性について規制緩和がされたと主張するのであれば具体例をあげるべきではないでしょうか。

耐震性について規制緩和が絶対無かったといえるだけの材料を私がもっているわけではありませんが、そういうことがあったと断言できる材料をこの本は提示してはいません。
もしそういう話があれば面白いですけどね。そんなもの審議会の委員かなにかに取材すればわかる程度のことなのに、この人はそのような取材能力は持っていないようです｡自宅のパソコンからネットで検索して入手できる材料についてしか検討していません。



P49　『しかし実はこれらの法改正や制度改革が、日本の住宅業界のためでも消費者のためでもなく、アメリカの木材輸出業者の利益のために、アメリカ政府が日本政府に加えた外圧によって実現されたものであるとアメリカ政府の公式文書に記録され、それが一般に公開されている。』

この文章、文の構造からすると、『日本の住宅業界のためでも消費者のためでもなく、アメリカの木材輸出業者の利益のために』という部分も『アメリカ政府の公式文書に記録され、それが一般に公開されている。』と読めるでしょ？でも意味からすれば、『日本の住宅業界のためでも消費者のためでもなく』の部分はその公式文書にあるはずがないことは容易に想像がつく。筆者が他の場所で述べているように、アメリカは、それが日本の消費者のためでもある、ということを常々主張しているのだし、ここでそれを否定するわけがない。
『日本の住宅業界のためでも消費者のためでもなく、』というのは筆者の考えであって、アメリカの主張ではない。でも注意深く読まないと、誤読しかねない。筆者の論旨を補強するために正確な引用をせず、誤解を与えかねない表現をわざとしているのか、あるいは単に紛らわしい文章を文章能力のなさから書いてしまっただけか。ま、そういう私も公開されているらしい原文にあたらずに想像で書いているわけですが。

P46はじめから次の文章まで｡
日本の工法は『精妙で高度で熟練した技術を前提としている』のに対してアメリカからはいってきたツーバイフォーなどは『素人でもできる単純な工法』であるから（従来の）日本建築基準では受け入れがたいのだ、と筆者は指摘しています。よく見てくださいよ？なにか日本のものはよい言葉で表現し、アメリカのものは悪い言葉で表現していて、日本の方が優秀であり、正当性があり、守るべきものであるという価値観を押し付けるような表現になっていますが、本当にそうでしょうか？
熟練した技術がないと建築できない建築方法と、素人でもできる単純な工法とはどちらが工法として優秀でしょうか？どちらがコストが安いでしょうか？性能規定という形で性能の基準を定めるのであればどちらの工法でも性能は同じです。性能が同じなのに熟練した職人を必要とする工法の方を保護しなければならない理由は何なのでしょうか。

この人の本音が現れている文章がここにあります。｢『仕様規定』を『性能規定』に変更するということは・・・日本古来の匠の技を不要にし、外国の工法や建材がどっと日本にはいってくる道を開くこと以外の何物でもない｣

日本の伝統工法にしがみつかなければならない人には気の毒な話ではあるのですが、それも仕方ないことじゃないか、何か不都合でもあるのか？と私は思います。筆者が不都合を感じているのは要は既存業者の権益が侵されるってことでしょう。つまり彼はいわゆる保護貿易主義者であるということです。既存業者を保護することの方が、安くて合理的な建築方法が国内で普及することよりも大切なんでしょう。確かにそういう考えの人がいてもいいし、国民全体でグローバリズムを拒否するというのならそういう選択もあり得るでしょう。輸出産業で経済を支えることはしない。国内全産業のガラパゴス化。可能であればそれもいいかもしれません。しかし、可能でしょうか。仮に可能であってもそれは議論の末、国民的合意ができてからはじめて成立する考え方であって、現状ではそのような合意はできていません。保護貿易を至上命題に抱えても必ずしも理解が得られるとは思えません。いずれにせよアメリカの陰謀によって日本の建築の品質が下がってしまったと主張するのはどう考えてもいいがかりなのではないでしょうか。

よくは知りませんがもちろん日本の従来の工法にもいいことはあるんでしょうし、それはその良さを認めた人が注文していけばいいのであって、すべての人にそれを選択させるべきとは言えない、という考え方もあり得ますね。従来の工法に経済性がなく競争には負けてしまうけれど、文化として保護していく必要があるというのであれば、税金でも投入して文化として保護していけばよい。何も庶民の建てるあまり費用のかけられない家についてまで文化財の保護のための費用を負担させる必要はないのでは。いや、文化財保護のため全国民が経済的負担をすべきであって、外国には安くて品質のよいものもあるけれどそういうものは日本にはいらないのだというのなら、そのように主張してもいいでしょう。そのような考え方が国民に浸透することもあり得ます。保護貿易自体は、必ずしも悪いことではないかもしれません。しかし外国は当然安くてよいものなら売れるだろうと売り込みをかけてきます。それを陰謀だ、不当だとしてはねつけるのはおかしいです。日本人の思想性の問題として日本の伝統工法を選択すべき、と主張するべきです。


同じように筆者の本音が垣間見られる個所があります。P132。9行目あたり。露骨に談合肯定の主張をしています。『少なくとも他国人にここまで貶められなければならない筋合いはない。』談合がなくなると日本のゼネコンシステムが崩壊し公園に青いテントがあふれる。それでも『アメリカは「日本の問題だ」と言い放つだけだ』

この人は、駐車違反かなんかを通りがかりの人に咎められると、警察官でもないくせにとか言って逆切れする人じゃないでしょうか。犯罪は犯罪ですよ。犯罪を犯した人が『あんたに言われたくない』なんて言う権利があるのですか？談合システムが崩壊したらこの人は困るみたいだけれども、同意できますか？
日本は土建国家と言われるように、欧米諸国に比べて建築業に携わる人の割合が相当多く、それは談合システムに支えられているというのはあたっている部分はあると思います｡だからと言って談合システム維持を正当化はできないし、談合がなくなることによって起きる失業なり不景気の問題はまさに日本人が取り組むべき問題であって、アメリカに何か手助けすべき義理などあるわけがない。まさに日本人自身の手で解決すべき問題です。


『私も談合は日本の文化だなどと開き直るつもりはない』と書きながら２行後では開き直っているのは笑うとこでしょうね。

結局彼はここでも保護貿易主義者、既得権益擁護派としての正体をよく現していると思います｡


筆者は建築基準法の法改正についてアメリカの要望どおりになってしまったと憤慨します。しかし、実際にアメリカの業者は参入してきたでしょうか？関空（？）の件を例外として大手建築業者が参入したという話など聞いたことはありません。筆者の被害妄想なのではないでしょうか？


P135のイラク戦災復興事業をアメリカ企業が独占したことへの口汚い非難には苦笑。いわゆるひもつき経済援助について長い間諸外国から批判を浴びてきたのは他ならぬ日本であることをこの人は知らないのでしょうか。なんか最近はかなり改善されたようですが。それでも最近でもこんなことやってますよ。

http://www.parc-jp.org/oda_watch/kisochishiki/tokubetuensyaku.html

ひとつ決定的なデタラメを発見しました。細かい話で揚げ足取りに過ぎませんが。P140最後の行「ちょうどアメリカ資本の巨大流通産業が日本に進出して、商店街の個人商店が次々と消滅していったのと似たような現象が法曹界にも起きるだろう」
アメリカ資本の巨大流通産業って一体どこ？そんな会社ありましたか？マクドナルド？ケンタッキー？巨大流通産業とは言えないのでは？セブンイレブン？アメリカ資本とは言えませんよね？カルフールは撤退しちゃったし、西友に出資したウォルマートはアメリカ流を日本に持ち込んだのが逆効果で四苦八苦してますよね？
個人商店の消滅は国内資本のスーパーのせいでしょ。一生懸命アメリカを悪く言うためにでっちあげまでしちゃってます。
（2010年追記：現時点でアメリカの法律事務所が日本に進出して日本の弁護士が仕事がなくて困っているみたいな現象はまったく見られません。著者の予測ははずれたようです。未来を予測するのは難しいので決して大きく批判されなければいけないようなことではありませんが。）


P150の6行目。「アメリカ国内では独占禁止政策が緩和されてきたのとは裏腹に、日本に対しては逆に規制強化を執拗に要求してきたのである」「これこそアメリカのご都合主義・ダブルスタンダードの典型ではないかと思う」

これは必ずしもご都合主義とは言えないです。両国の規制の絶対的な水準を検討する必要があります。例えばアメリカの規制の水準が現状９０で、日本は５０で、８０が適正だとしたらアメリカ国内は緩和の方向で、日本に対しては規制の強化を要求する、ということは矛盾しない行動でしょう？そのような両国の規制の絶対的な水準はどうなっているのか、の説明が全くされてない。事実がどうなっているのかわからないけれども、現状独禁法関係の規制についてはアメリカの方が厳しいことは容易に想像がつくわけで筆者の論理には説得力がないと思う｡

後半部分いろいろなテーマでアメリカ批判が続きます。大陸法と英米法の問題、アメリカの訴訟社会の問題、市場原理主義の問題、競争社会の是非、グローバリズムの是非、この辺はいろいろ議論があるところだし、よく検討すべき問題です。それぞれの２項対立図式の中で対立している２つの項目すべてに長所もあり短所もあるわけで一概にどちらがよいとは言えないようなものばかり。それなのに筆者はこれらについて他人の著書の結論部分をつまみ食い的に表面的な紹介をして、アメリカ批判に使っているだけのように思います｡結論部分だけのつまみ食い的な紹介なので、その指摘が的を射ているのかどうかは元の本にあたってみなければわからない仕組み｡これでは説得力を持ち得ませんよね？

日本はこのままではまずいんじゃないかという危機感は私も著者と問題意識を共有します。日本経済を先導した電機と自動車が世界最大市場となる中国で出遅れています。携帯電話なども世界進出できていません。アメリカへの留学生の数などは中国・韓国に大幅に負けているとか。いずれ国際的に活躍できる人材の数の差になって現れてくるでしょう。日本の国際的地位は確実に低下していくと思います。しかしこの状況は誰か一人の、あるいは一国の陰謀の結果ではありません。日本人ひとりひとりの主体的行動の結果なのです。この本は、独りアメリカに責めを負わせることによって読者の溜飲を下げさせることを目的としているようです。日本の将来への危惧を本質的な原因に求めるのではなく結果として問題の解決への道を見失わせているように思います。


結論を言うにはあまりにつまみ食い過ぎですがもう結構な量になったしこんなもんでよいでしょうか。国際社会におけるアメリカの振る舞いには許しがたいものがあると思うし、決して私はアメリカを弁護したいわけじゃない。むしろ批判的な立場です。しかしながらこの本には参考になる点はありませんでした。この本に書いてあるどの話も、そうともいいきれないんじゃない？とか、どう考えてもそうは思えないけど、ってことばかりです。筆者は保護貿易主義・既成権益擁護の保守派で、被害妄想で陰謀史観好きであまり論理的な文章は書けない人である、という評価でいいんじゃないかと思います｡日本がかかえている問題をすべてアメリカのせいにして、それ以外の問題解決方法に眼を向けさせません。そういう意味では害悪を振りまきます。正直なところ読む価値はないです。皆様こんなインチキ本に騙されたりしないで下さいね。


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追記１


あとがきp225

『アメリカを批判すると｢それは日本の責任をアメリカのせいに転嫁する陰謀史観だ｣という人がすぐ現れる。だがその指摘にどんな積極的な意味があるのだろう。｢それは陰謀史観だ｣とレッテルを貼って思考を停止してしまう。そしてパンやサーカスに注意をそらし、現実に起きていることへの国民の関心を封印しようとする。』

さしずめ私のこの文章もこのように批判されるのでしょう。
その指摘にどんな意味があるのか？陰謀本に騙されない人が増えればいいことじゃないですか。
この本の内容を無批判に受け入れて、まったくアメリカはひどい、などと思ってしまう人の方がよっぽど思考が停止しているでしょ。日本のかかえている問題をすべてアメリカのせいにして、アメリカを批判さえしていればよいという考え方に誘導して終わりでは本当の問題解決方法が見えてきません。
グローバルスタンダードを獲得する努力が日本には欠けている。海外市場進出への努力が欠けている。それが問題なのだから努力すればいいんです。何も努力しないで、アメリカが努力しているのを横目で見ていてアメリカのせいで日本はうまく海外進出できない、アメリカがどんどん日本市場にも進出してくる、と文句を言うというのはあまりに情けない。



-----（2006/03/03　　　
当初うまく書けなかった部分を書いてみた。やっぱいまいちうまく表現できててないかも・・。それにちと攻撃的すぎる？なるべくやわらかく書きたいのだけれどどうもうまくいかなくて。不愉快な思いをされた方がいたらごめんなさい）


追記2

最近こういう文章があちこちの掲示板にコピペされている。

---------------------------引用開始---------------------


■日本はどういう社会になりつつあるのか

若者向け月刊誌「サーカス」に「都市ゲリラ化するニッポン」という特集記事があった。(中略)
アメリカ追従の小泉・竹中政権下の日本では貧富の格差が開く一方で、
不穏な集団自殺やカルト宗教、詐欺事件、そして凶悪異常犯罪が頻発。
さらにニート、フリーター、失業者700万人が社会への「怨み」を持ち始めている。

その「怨み」の矛先が強者(為政者・富裕層)ではなく、
マイノリティーやさらなる弱者に向い、
ネオナチズムともいうべき人間の良心に反した差別主義となってあらわれ、
あるいは見当違いの排外主義に転化している。

彼らには、複雑な現実を変えるための政策を考える知恵も、気力もないため、
単純な「善悪二元論」「原理主義」に陥りやすい。

そのお粗末な頭脳は、狡猾な為政者たちや詐欺師・カルトから
見透かされ、利用され、操作され、カモにされる対象になっている・・・

社会の「負け組」が排外主義や人種差別主義を煽る右派カルトや職業右翼に騙されて、
結果的に支配階級に奉仕する被搾取階級になっているという皮肉な構図が透けて見える。
-----------------------引用終了---------------------

1970年代後半の英国でパンク発生の背景にあったのは若年層の高失業率とそれによる社会不安でした。外国人排斥機運が高まり若年層の右傾化が進みました。若年層の高失業率など当時の日本では考えられなかった事ですが、いまでは現実のものとなってしまいました。上記の文章では触れられていませんが、差別主義・排外主義に陥ってしまうのは失業者に限らず、悪条件で働いている人も同じではないかと思います。
高失業率の圧力が結果として働いている人の労働強化につながっていて、疲労困憊している。その不満も同じように右傾化・排外主義につながっている。嫌韓流だの、関岡氏の本だのが受ける理由はこの辺にあるのではないか、と思います。

上記の引用の文章は最後の部分など非常に面白い表現だと思いました。失業者や労働者の不満が雇用側や政府に向かわずに外国・外国人に向かい、社会変革のエネルギーとならない。利用されるとか騙されるという表現が適切なものかどうかは疑問だけれど結果的にガス抜きが成功して被搾取階級に収まってしまうというあたりはあたっているのではないか。ただちょっと単純化しすぎているし、極端すぎるようにも思います。


もう少し具体的な内容を読みたいと思って、もとの雑誌をわざわざ手に入れてみました。
http://www.kk-bestsellers.com/magazine/circus/index2005_09.htm

愕いたことに、この雑誌の記事からの引用は上記のコピペの最初の数行のみです。
しかも一行目の表現を含め、前半部分は天木直人氏のサイトからの孫引きのようです。
『「怨み」を持ち始めている』まで。


日本はどういう社会になりつつあるのか(天木直人ＨＰ８月５日―「メディアを創る」)
http://easyform.net/Usr/ns0041/HTML/


しかし、そこにも排外主義やら右翼に騙されてといったような記述は見当たらない。
いったいこの後半部分はどなたの主張なのでしょうか。
（060323）

追記
この本はいわゆる『陰謀論』の系列に属すると考えてよいと思う。
陰謀論というのはつまりこういうこと。
・一見荒唐無稽だけれども実はそうなんだ、と一般的に信じられているものとは
違う真実があると主張する。
・他の人たちは気付いてないけれど自分たちだけは知っている。
・ある個人・団体の計画が実行に移され、一見して明らかな破綻を見せず成功し
ている

これは次のような効果がある。
・他の人が知らない事を自分たちは知っている、として優越感を持てる。
・悪い事をしている個人・団体がいるということで批判の対象を設定し、批判す
ることで自己の抱える問題を隠蔽し、ストレスを解消できる。

陰謀論好きな人は自己のストレス解消なり、優越感を楽しむために本を読んでいる。
実際に何が起こったのか歴史や政治に向き合ってあらゆる文献を検討して真実を見極めようという姿勢はない。ストレスを解消でき優越感を持つのに都合のよい本しかよまない。このような動機で文献と向き合う限り都合のいい論点しか見えず、真実は見えてこない。
単純な「善悪二元論」「原理主義」に陥りやすく複雑な社会構造や歴史の流れを理解する努力を放棄してしまう。

陰謀論的なものだけを読んでいると、本当の陰謀かどうかは判断できなくなってしまう。地道に陰謀論的でない文献も読みこんでいって初めてその陰謀論に一定の根拠があるのかどうかが判断できる。


テレビのワイドショーなどでコメンテーターは扱っている事件の内容について犯人を批判する。どんな内容でもよい。正しくなくてもよい。人を批判することで視聴者の溜飲を下げさせることが目的。
一応もっともらしく人を批判すること、その方向で逆説的な事を言うこと。これがコメンテーターに求められること。

逆説的な事さえ言えば受けると思ってそうな本はたくさん出ているけれどほとんど眉唾だと思っていい。読者の溜飲を下げさせ、ストレス解消に役立てれば売れるわけ。


社会・政治・歴史の構造はとても複雑。特定個人や団体が計画を立てて全部思い通りにコントロールできると考えるのはあまりに荒唐無稽に過ぎる。


北朝鮮による拉致事件が最初にサンケイで報道された時も、あまりに荒唐無稽だと受け止められた。右翼新聞によるでっち上げ陰謀論というわけ。
でも、よく読むとやはり決定的な証拠がある。人間の考えることだからほころびが出てくる。その前から少しずつ発表されていた北朝鮮の政治や社会の実態を紹介する文献とあわせて読むとそれほど荒唐無稽な話ではないことがわかる。


しかし確かに初期段階で拉致事件が本当に真実なのかどうか見極めるのはすごく難しかっただろうと思う。そういう意味では、陰謀論的なものは一切排除すべきとはいえない。結局はあらゆる文献にあたる努力をしながら、何が真実なのかを見抜く目を養わないといけませんねってことかな。こういう本も読んでもいいけど、こういう本ばっかり読んでちゃいけません。
（090606）
　




追記
３年ほど放置したあと改めて読み直すと恥ずかしい誤字とかわかりにくい表現とかいっぱいあったので修正しました。論旨を明確にするために書き足しもしました。まだまだ直しきれてませんが。こんな駄文がGoogleで上のほうに来ちゃうなんて一体何故？
（090707）
わかりにくい表現を訂正しました（2010/08/06）

追記
この本の欠点ばかりあげつらってしまったけれど、『国際標準設定の話し合いの中で日本が蚊帳の外におかれている状況は日本にとって今後非常に不利に働く。積極的に日本の立場を主張し、国際標準設定に参画していくべきだ』という著書の問題意識は正しい。その点については非常に高く評価したい。
日本が蚊帳の外に置かれているのは他国の陰謀のせいだ、と主張するのではなく、どんどん国際発言力を高めて国際社会で存在力を持ち、国際標準設定にも参画しリードしていくためにはどうすればよいのか考えるべきである。（2011/02/28）

参考）
田中 正知氏は国際規格作りへの参加に日本が熱心でなかった理由として日本のおごりを挙げています。
アメリカが陰謀を企てるまでもなくおごり高ぶった日本は転落への道を自ら歩きはじめたのです。


http://summit.ismedia.jp/articles/-/730?page=3

「80年代にISOの品質保証規格ができるとき、「日本のものづくりは世界一だから必要ない」と参加しなかったため、欧米流の「検査で品質を確保」という思想で制定されてしまいました。日本は後から参加したため、「製造工程で品質をつくり込む」という思想が廃れていき、日本の力が弱くなったと筆者は実感しています。」

（田中 正知/TPPも除染も「現地現物」哲学で見方が変わる
事実を正確に把握して対象を鳥瞰せよ）
（2012/01/13）